間ヒロの週末丁寧連載

ズボラ連載という一言矛盾を脱し、週一の丁寧を目指しています

親不知

親知らずを抜いた。

不知火(しらぬい)っていう柑橘がありますよね。

斜めに生えてたんで、抜いたほうがいいと言われて意気揚々と抜きに行った。

歯茎を切ったりはしなくて良いと思うと言われていたので安心していたら、

奥の手術室に通され、「あっ」「今日って手術なんや」ととぼけたことを考えていた。

 

少しばかり難航したようだ。

目元にはタオルが被されていたが、光に透けて糸のようなものが眼前を行き来し、その手さばきとやわらかい光に半ば夢心地で「これって何中?何中??」と思っていたら、

あとで、

「次は消毒に来てください。今日歯茎を切って縫ったから、その抜糸もしますね☺️」とにこやかに明かされ、

私のほうでも「はい😊」と微笑んだが、

麻酔が効いて自分の表情がよく分からなかった。

どうやら、口内手芸が行われたようだ。

 

自転車が3台停まっていて、1台が倒れていた。今日は風も強くないのに不思議なものだと思いつつ起こしてあげたら、

スタンドが立っていなかった。

なんなんだ、一体。

自転車を「バコーン!」と乗り捨てて医院に急いだ人がいたのだろうか。

うららかな昼下がりに起きた、せわしない事件である。

 

今日は本当にうららかだ。否、秋うららである。

空高く、さわやかな秋晴れ。

秋は良い。

 

口腔内に刺激を与えまいと、ゆっくり、ゆっくりと自転車を漕いだ。

神社へ向かった。

途中、よりにもよって砂利道に入り、微小な振動が歯茎に伝わって、血を飲み込んだ。

 

「他の神社でいただいたお札でも、引き取っていただけますか。」

社務所に巫女さんはひとり。

そばに、書店のカバーのかかった文庫が置いてあった。

いいなあ。

羨望と、憧憬の、両面からそう思った。

専用の木箱があることを教えてもらい、お礼を言ったが、やはり己の表情筋が仕事をしているのかは分からなかった。けれど、ゆっくり話すのは丁寧な感じがするなと、自分の発話の雰囲気に満足した。

 

木箱をそっと覗くと、色とりどりのお札やら、破魔矢やらが雑多に投げ込まれており、もくもくしていた。

前に賽銭箱があって、いままでの私ならスルーもあり得たが、私は生まれ変わったので、お賽銭を入れた。

手を合わせて、神社をあとにした。

 

私があまりにもゆっくり漕ぐもんだから、ウォーキングのおじいさんと位置関係が前後したりして、なんだか気まずくなりながら、こんなにのんびりした秋の日が、ずっと続けば良いのにと思う自分も、自分の中の大きな存在である。